キャパの十字架

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    「キャパの十字架」/沢木耕太郎著/ 
     
      10数年前に、沢木耕太郎がキャパの伝記(キャパ その青春キャパ その死)を翻訳した時に知った、かねてから提示されていた疑問・・・キャパがスペイン内戦のときに撮ったとされる「崩れ落ちる兵士」という写真は、ほんとうにキャパが撮ったのか?いつ・どこで撮られたのか?・・・を、みずからスペインに渡り解き明かしてゆき ある結論にたどり着くというノンフィクションだ。

     これまで沢木耕太郎を愛読してきたぼくにとっては胸躍る読書であるはずなのに、そういう思いには至らずに、なぜだろうかと考えながら理由がわからないまま読み終えた。
     その不満の原因をさがしだして、ぼくにとって、この読書の収穫にしよう。おそらく、それは現在のメディアのありかたに理由がある。
     
     ぼくは、映画を見るとき、旅にゆく前にも予備知識をできるだけ持たないままで行きたいのだが、ちかごろの映画の予告編は映画を見る必要がないくらいに物語をつたえてしまうから、予告編を見ないことにしている。ギンレイホールで次回の予告編が終わるまで、ぼくはiPhoneのイヤフォンで耳栓をして音楽を聴き、薄暗い光で本を読み続けるのだ。

     現実には、新聞広告やポスターやチラシ、資金の豊富なやつはそれにTVのCM、さらには口コミやマスコミの評判も含めたものが一本の映画と集合体を形成するメディアとして、ひとつの映像表現なのだとは思う。しかしぼくは、その前に映画そのものをまずひとつの表現として見たい。すくなくとも、ひとの見方を知る前に自分で考えたい。それは本であれ中学校の教科書であれ、同じように思ってきた。

     ところがこの本の腰巻きには、差し出がましい予告編のように、著者が解き明かそうとしている謎の答えが書かれている。少なくとも、それを視界の端にとらえてしまったことがぼくの読書のよろこびをそこなったのは確かだ。
     あとになって、この本に書かれていることは沢木耕太郎の出演するドキュメンタリー番組としてNHKから放送されたことを知った。番組をまだ見ていないから、それをつくることがこの本にどのような影響をおよぼしたのかは想像するしかないけれど、無関係とはいえないだろう。本の初版が2013年2月13日で、放送はその10日前の2月3日なのだが、NHKについては、あとがきでわずかに触れているだけだ。

     ほかでもない、この本は、戦場における死をとらえた写真という、メディアそのものを主題にしたノンフィクションであるのだから、本と並行してテレビのドキュメンタリーが作られたことを取り上げ、そのことも取材の対象にするべきだったのではないか。 それが書かれていないところに、沢木の探索に切実さが欠けていると感じられるのではないか。

    井上ひさし展:6月9日まで 神奈川近代文学館

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        横浜で打合せした帰りがけに神奈川近代文学館の「井上ひさし展」を見た。
       残り時間が少ないなと迷いながら、みなとみらい線の元町中華街の駅を降りて港の見える丘公園のはずれにある文学館にたどりつくと、閉館まで45分しか残されていない。それでも、見終わった帰り道、木の間がくれに港を眺めながら、もっとゆっくり見られなかったことが残念であるものの来てよかったと思う。
       
       まだ読んでいない小説も戯曲もたくさんあるので、それが残念である反面で、楽しみがたくさん残されていると知ったからだ。それに、勇気づけられた気分もどこかに残っている。
       世の中にとってかけがえのない人の訃報をきいたときにいつも感じるように・・・代わりに冥土に連れて行ってほしいやつなら、神様にたくさん推薦してあげるものをと思ったが、一昨年の3月11日以降は、その思いがますます強くなった。原発に群がった連中の厚顔に腹立たしく、東北出身の井上ひさしが元気でいてくれれば、原発批判の中心となったことはまちがいない。
       
       井上ひさしは、少年時代を過ごした施設の神父にたいする尊敬の思いから、若いときに洗礼を受けてカトリック教徒になっている。そして、日本共産党のシンパと見なされることをいとわない発言をしてきた。日本ではカトリックと共産党のとりあわせは、おそらく稀なことだろうが、ある意味で両者は通じるところがある。いずれも強固な中央集権制を築きあげ、それを 今に至るまで護り続けている。
       ところが、中央集権制そのものに対して、井上は一貫して戦いを挑んできた。そうした一見矛盾するような多義的な在りかたが彼のしごとの魅力をつくりだしているのだ。短い時間に井上の生涯のしごとをたどると、録画しておいたサッカーのゲームを早回しするときのように、かえって全体を貫く軸が見えてきた。
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