カフェ杏奴とブログのチカラ
2月に入ってすぐ、カフェ杏奴が閉店するときいた。( 閉店のお知らせ:カフェ杏奴より/漂泊のブロガー2 )
閉店する理由には思いあたるところがあったが、様子を知りたくて翌日の土曜に自転車を10分ほど走らせて杏奴に行くと、ママはいつものように淡々と、閉店することにしたと言う。
カフェ杏奴は、いい店がみなそうであるように、多くの人にとってそれぞれに特別の場所なのだが、ブログを書き始めてまもないころに書いたエントリーに残されたコメントがきっかけで行くようになったから、ぼくには、ブログのつくるまちと現実のまちの重なりを実感できる場所として深い愛着ができていた。
中野と神楽坂の間を自転車で通う行き帰り、ぼくは毎日のようにここの前の新目白通りか その裏の道を通るのに、数年のあいだ この店に気づかなかった。
いや、あるにはあると意識の外で知ってはいたのだが、店に入ろうとはついぞ思ったことがない。外から見ればすこぶる目立たないし、なによりぼくが自転車でそこを通るときには滅多に店が開いていることがないのだ。
2003年にブログを始めてひと月ほどの頃に、やはり通勤ルートの途中にある 林芙美子の住んでいた住宅が記念館となっていて、そこがボランティアや近所の方々によってとても気持ちよく運営されていることについて書いたことがある。
それを書いてから数ヶ月ほど経って、そこに「いのうえさん」というひとがコメントをくださった・・・わたしも林芙美子記念館に行ってみたくなったが、近くにカフェ杏奴という気持ちのいい店があるから行ってみてください・・・ということが書かれている。「書かれている」と現在形で書いているのは、ぼく自身 記憶を確認するために、以前のエントリーとコメントを読み直しながら書いているからだ。( 林芙美子の住んでいた家:林芙美子記念館/MyPlace/2003.11.17 )
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それ以来、コメントやメールのやりとりをしているうちに、いのうえさんは興味深い行動をとっていることを知った。彼は休日にまちを歩くのだが、ブログのあちらこちらを訪ね歩くひとでもあった。しかも、自分ではブログを持たずに、散歩をするようにひとのブログをたずねては、そこにコメントを残していくのだ。
いつかカフェ杏奴でご本人に会いたいと思っていたが、約束して落ち合うよりも偶然に会う方がすてきだとたがいに思っていた。ブログという仕掛の中で意図せずに出会ったように、現実の世界でも場所だけを共通のものとして出会うということが重なればおもしろいと思ったのだ。
それから3か月ほど経った土曜日、ぼくはやっとカフェ杏奴に行くとコーヒーを注文して、ひさしぶりにタバコを喫いながら長いあいだ本を読んでいた。店のあるじは余分な干渉をせずに、それでいて、頃合いを見て氷の浮いたピッチャーに水を入れて持ってくると「ごゆっくりどうぞ」と言ってゆき、あとはなにもしない。客を自由に気持ちよく長居させるのだ。
ひとりでやってゆくには少し広すぎるくらいの店を、あまり無理することなく余裕をもちながらひとりだけで切り盛りしていこうと決めているのだろう。だから営業も11時半開店で7時閉店という時間帯なのだ。
この時は、いのうえさんに教えられてこの店にやってきたことも話さず、店の名前の由来をたずねただけで帰ったが、2週間後にやってきたときに ことの次第を話すと、いのうえさんとはすれちがいだったという。翌日、これまでのことをブログに書きこんだ。( カフェ杏奴:こだわりのないということ/MyPlace/2004.11.21 )
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いのうえさん、まだこれから長くなりそうだから、このつづきは「カフェ杏奴とブログのチカラ2」として別のエントリーにしようと思いはじめました。
- 2013.02.10 Sunday
- Place
- 21:59
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- by 玉井一匡
非公開のつもりでいたのに「カフェ杏奴とブログのチカラ2」を、また公開にしてしまいました。いのうえさんのコメントの前に「カフェ杏奴とブログのチカラ2」が開いちゃいました。
公開先に立たずというのにね。