天才を編集する

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     ギンレイホールで見た「ベストセラー」という映画には「編集者パーキンズに捧ぐ」という副題が添えられている。

     ニューヨークの五番街にあった老舗出版社 スクリブナーの名物編集者マクスウェル・パーキンズと、まだ無名だが才能と野心に溢れた小説家トマス・ウルフの間の父と子のような師弟のような愛情と信頼、反発や怒りを縦糸に、やはりパーキンズが担当して同社から代表作を出し すでに人気作家となっていたスコット・フィッツジェラルドアーネスト・ヘミングウェイが横糸として登場する。

     

     これだけの顔ぶれに、複雑な要素の重なった物語は、一本の映画の画面にはとても収まりきらなかったところがあるにちがいない。それを知りたくなって、映画の公式ウェブサイトに原作として紹介されていた「名編集者パーキンズ」という本の上下巻を図書館に予約した。

     

     案の定、どころか 想像をはるかに超えるおもしろさだった。トマス・ウルフとフィッツジェラルドとヘミングウェイのところだけを読むつもりでとりかかったが、素人には馴染みのない作家のところさえ 面白くて、すぐに通読した。この三人の記述が8割がたを占めるから、そこを読めばおのずと全巻を通読することになるのだ。

     

     ヨーロッパを荒廃させた第一次大戦のおかげで飛躍的に経済力を伸ばしたアメリカが恐慌を経てつぎの大戦へと階段を上るうちに、文化でも主導権をとってゆく世界の歴史でも重要な節目の時代を、同族経営の出版社という小さなステージから実感できる。

    そのころから、東洋の果ての島国も アメリカのあとをそのまま縮小させたような足どりをたどりはじめ、のちに衝突して叩きつぶされながら、従属に安住するという 今に至る歴史の流れも、このころはとうに始まっていたのかもしれない。

     原題は「MAX PERKINS  Editor of Genius」という。

    巻末の訳者解説は それをとりあげて、「副題として Editor of Geniusとうたわれている。天才編集者ということである。」と書いているのだが、それはいささか違うのではないか。たしかに、パーキンズは編集者として天才というに不足はない。むしろ、天才編集者という枠には収まりきれる人ではないと、この本の著者は言いたいはずだ。 

     

     天才とは、きわだって非凡な才能を持つ人を言うけれど、傑出した才能そのものをも意味する。パーキンズの天才は、作家の文章を読んで、彼の持つ天才を見抜き いまは種に過ぎなくても いずれ大木になることを信じ、それを成長させ文学という果実をみのらせるよう誘導することで、余人にはおよびもつかない力を発揮したところにあった・・・と、ぼくは思う。

     そうして彼は、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、ウルフの天才を見つけ、小説の原石から不要な文章を大胆に削り、プロットを整理し、文体を洗練させたり力強さを際立たせた。ときに自信を喪失すれば勇気づけ、浪費して前借りを求められても、アルコール漬けになってもささえてやる。

     

     編集とは、なにも本をつくることだけに限られた行為ではない。人間は、目や耳や肌や舌が、あるいは身体全体が経験して脳に蓄えられたものの中から、必要に応じて記憶を取り出して それらをさまざまな概念や理念や想像に組み立てる。脳の そういうはたらきをつかさどるのが「海馬」なのだ・・・すくなくとも、ぼくはそう理解している・・・つまり、海馬は 自分の脳の記憶を編集するのだ。パーキンズは、「天才編集者」というよりも「天才を編集するひと」あるいは「天才を編集する天才」なのだ・・・ちなみに映画の原題は「GENIUS」という。

     

     この映画を見たあと、内容はまったく憶えていないが ぼくはトマス・ウルフの小説を持っているはずだと思い出し、本棚に収まっている褐色とブルーの画像が浮かんだ。うちに帰って本棚を探すと、ほぼ記憶のとおりの位置に、現代アメリカ文学全集20「汝再び故郷に帰れず」トマス・ウルフというのがあった・・・定価300円だって。しかし、褐色とは古くなって黄ばんだからだし、ブルーというよりブルーがかったグレイだった。1959年発行というから、僕が買ったのだとすれば それから10年近く経っているはずだ。

     

     この小説は、ウルフがパーキンズのもとを去ったあと、よその会社から出版されたもので、トム・ウルフとパーキンズの出会いやその後のことが描かれている。トム・ウルフの眼を通して見たパーキンズを、直かに読むのがとても楽しみだが、「武器よさらば」や村上訳の「グレートギャツビー」も読み返したくなった。

     

    ■Wikipediaによれば、スクリブナー社(Charles Scribner's Sons)の、1893年に 157,5thAve.NYにつくられた社屋は Old Scribner Buildingと呼ばれ、1913年に597,5thAve.NYには新たにつくられたCharles Scribner's Sons Buildingに移った。1階に書店、編集は5階だったと書かれている。その後ベネトンを経て1980年にBarnes & Noble に売却されたそうだ。 

     


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