「池田学 ペン一本 まだ見ぬ頂へ」

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     昨年12月29日、NHK BS1で「明日 世界が終わるとしても」というドキュメンタリーシリーズが始まり、その第1回目が、アメリカに滞在して一枚の繪を描き続ける画家 池田学をとらえた「池田学 ペン一本 まだ見ぬ頂へ」だった。

     

     池田は、3年前からアメリカの美術館の地階にある一室で 黙々と一枚の絵を描いている。彼の大作を描くには、水平に置いた紙に ペンで一本ずつ線を加えてゆく細密な作業と 絵の全体を見る構成の間を自在に行き来できるのが理想だから、広い作業台と高い脚立を置ける大きな空間は得難いものだ。この絵の全体は、上の写真のパネル4枚分の大きさがある。

     だからこそ彼の絵は、ぼくたちひとりひとり 一日一日の経験や行動がひとつの大きな世界をつくっているということを実感させるのだ。

     

     ここはウィスコンシン州の州都マディソンにあるチェイズン美術館(Chazen Museum of Art)。どんなところなのか 僕は知らなかったからGoogleマップで探すと、その前を走る道はユニバーシティ・アベニュと名づけられている。 湖のほとりにある この一帯には大学や研究教育機関があつまって、見るからに気持ちよさそうな環境がつくられている。池田には 仕事の場ばかりではなく、制作に集中できるように さまざまな環境が提供されているのだ。

     

     美術館は、さらに興味深い仕掛けをつくった。週末と休館日の月曜をのぞく毎日 13:30から14:30まで、池田の制作している様子を入館者が間近で見ることができるようにしたのだ。ドキュメンタリーは、絵の完成日と定めた日までの最後の日々を伝えている。彼の描き方と表現するものは分ちがたく結びついているから、描く過程を見る機会をつくったわけだ。

     

     東北が大地震に襲われたころ 池田は機会を得てカナダに滞在していた。日本に 深く大きな傷跡を残したあの出来事を、彼は遠く離れていたから 日本人の経験を共有できなかったかもしれないと ぼくは思ったが、その後 津波の被害を受けた人たちへの配慮のために 彼の作品のひとつが日本の美術館で展示を取り下げられるという出来事によって、池田にも地震がもたらされた。

     その絵に近づいて部分を見れば 、日々重ねられている人間の営みが ところどころで雪に流され崩れようとしている。離れて全体を見れば、北斎の「神奈川沖波裏」を踏まえた絵は、大きな波が頂点に達して いまにも崩れ落ちようとしている・・・地震の数年前に書かれたその絵のタイトルは「予兆」だった。

     

     こうして、大地震が太平洋の対岸までもたらした余波で、池田は 遠くはなれた地で絵を描いているということに疑問を抱くようになったという。友人を亡くし自ら怪我をする・・・池田は、ミズマアートギャラリーの三潴氏やチェイズン美術館のキュレーター、制作を見学に来たひとびとのはげましを受けながら、家族が増え、日々の生活のさまざまな体験を乗り越えて、新たな大作に結実させる。ペン先に含ませたインクで一本一本の線を描き重ねるから、消すこともできず絵の具で塗りつぶすこともできない彼の手法が、3年の時をそのまま紙の上に残し 生命の持つ回復力を実らせる。「誕生」と名づけた。

     

     トランプは大統領に就任するや、外に向かっては イスラム教の国から来る人々を閉め出し、メキシコとの間に塀を築き、内に向かっては健康保険を廃止し、芸術への支援も切ろうとしている。アメリカの国家が日本の芸術家のために支援をすることなど、これからの4年間は行われなくなるのだろう。

     ぼくたちの国を動かしているつもりの連中は、あの痛切な体験を何ものにも生かすことなく原発の再開をもくろみ、あまつさえ外国に輸出しようとしている。

     世界的な大災害ともいうべきトランプの当選と同じ2016年11月に完成したこの絵は、現実となってしまった予兆を希望に転換しようと描かれた。

     

     1月24日から3月20日まで、大規模な池田学展が地元の佐賀県立美術館で開かれている。その後 金沢21世紀美術館(4月8日〜7月9日)と日本橋高島屋(9月27日〜10月9日)で巡回展示されるそうだから、やがて実物を見ることができる。いずれ、この番組も再放送されるだろう。

     

    ■関連リンク

    池田学展「The Pen-凝縮の宇宙ー」/佐賀県立美術館

    明日 世界が終わるとしても/NHK

    チェイズン美術館/公式ウェブサイト

    ■関連エントリー

    池田学「予兆」/MyPlace

    池田学展「焦点」とAIRSTREAM/MyPlace

    ネオテニージャパン展/MyPlace


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