暮しの手帖:特集 戦争中の暮らしの記録

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     自宅の最寄り駅、西武新宿線新井薬師前駅には小さな駅前広場がある。

     私鉄の小さな駅には 前後に踏切があることが多いから、改札を出て線路の反対側に行こうと踏切にいくと、たいていは遮断機が下りている。いま乗ってきた列車が通り過ぎているのだ。

     

     それを待つのがいやなら 階段を上って駅の反対側の改札を出入りすればいい。

    しかし、朝は 乗る人も降りるひとも時間に追われているから、階段をのぼって向こう側に渡るけれど、家路につく夜には時間の余裕があるから踏切を待つことが多い。だから 駅前の小さな広場にならぶ店がぼくたちをとらえる。

     

     そこにある古本屋の、 安い本を入れた店先のワゴンの中に「特集 戦争中の暮らしの記録」という「暮しの手帖」があった・・・500円だった。やや傷んでいるが、これぐらいの方が 読んだ人を感じられるし 戦時中の暮らしの特集らしくもあるから、かえっていい。

     NHKの朝ドラを見て、発刊当時にこの号を買わなかったことをぼくは後悔していたから この発見がうれしくて、奥にいるオヤジに500円硬貨を渡して、満足感にひたりつ道々読みながら帰った。

     

     やがて放送が終わろうとしていた頃に買ったのだが、いまも まだ通読していない。とはいえ、雑誌というものはそういうものなのだから、受けとった印象が弱まらないうちに書いておこう。

     発行年は 昭和四十三年 1968年8月で、「本号に限り定価二百八十円」と裏表紙に書かれている。(はじめぼくは「背表紙」と書いたのだが、調べてみると それは、本棚に並べたときに見えるところのことなのだ) いまからすれば ずいぶん安いと思うが、ほぼ50年経っている。1968年といえば、ぼくたちは大学4年生で 学園闘争のもっとも盛り上がっていて、「暮らしの手帖」に目を向けようという時ではなかった。

     

     朝ドラをみているうちに、暮らしの手帖の商品試験について批判的なことを言ったことがあったのを思い出した。学生時代に建築の性能ということについて議論していたときのこと、「暮らしの手帖の商品試験になっちゃいけない」というようなことを口にしたのだ。個別でなく普遍的な物差しをつくって評価しなければならないという意味だった。

     ドラマを見ていると、「暮らしの手帖」がどれほどの情熱と勇気をもち 想像力を駆使してつくられたかを 実感したから、ぼくは 若気の至りの空論が恥ずかしくてたまらなくなった。ひとりひとりの切実な体験と環境を背景にした評価の重さは、統計的な確率にもとづいた基準や計測と同等以上のものがあると今では思う。

     

     「戦争中の暮らしの記録」を書いたのは、武器を手にして兵士として敵と戦った人でも物書きでもない。空からやって来た敵の落とす焼夷弾に逃げまどい、家族や友人を殺された市民、家を焼かれた市民、食べるものも着るものもなくなった市民、父や母を殺されて護ってくれる人のなくなったこどもたち、そういう人々が自分自身の身体をもって体験したことを、23年経って「暮らしの手帖」の募集に応じて書いたものだ。空襲の死者何十万という数の問題以上に、ひとりひとりの受けた苦しみや死やさまざまな喪失の重さがある。

     暮らしの手帖の記事が、読者ひとりひとりが気持よく生きることを意図してつくられてきた。この号は、ひとりひとりの市民の命が危険にさらされながら生き抜いてきた体験を書き記されていて、対をなしているようだ・・・よろこびと苦しみや悲しみ、読者が受けとる雑誌と読者が送る雑誌。

     

     それから50年経ったいま、新しい仕掛けを手にして、ひとりひとりが自分の意見を直接に表明できるようになったが、その一方では、アメリカで極端な主張を拡げた人物が大統領に選ばれ、ぼくたちの国では 排他的な主張を声高に叫び あの戦争を肯定する連中が政府をつくっている。

     事実を知らずに、また悲惨な事態を繰り返すのではあまりに愚かなことだ。なぜ戦争がおき、何が行われ、どんな苦しみを与え受けたのか、できるかぎりの事実を知ってはじめて論議がはじめられるのだ。

     


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