エドワード・スノーデンの勇気:「暴露」

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    暴露 スノーデンが私に託したファイル/グレン・グリーンウォルド/訳 田口俊樹、濱野大道、武藤陽生/新潮社

     

     インターネットや携帯電話でかわされた通信を、情報機関がことごとく入手し保存して あらゆる人の行動を監視するという事態が、いつかどこかの独裁国家で起きるだろうとは、多くの人が思っていただろう。

     

     それが 自由を標榜するアメリカ合衆国によって現実に行われている。このままでは、ときに邪悪になりうる強大な力を持つ者 神ならぬ者によって つねにひそかな監視を受けながら、人々は生活しなければならなくなる。

    いまのうちに なんとかしなければならないと、エドワード・スノーデンは命がけで声を上げた。

     

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     「暴露:スノーデンが私に託したファイル」は 3つの章から構成されている。

     

     1章では、重要な情報を伝えたいというEメールを著者が受けてからスノーデンに会って直接に話を聞き、膨大な資料を入れたUSBメモリーを托される。それを公開するまでのスリリングな物語。とにかく面白い。

     2章には、スノーデンが持ち出した具体的な資料の数々によって どのような組織のどのような人間が情報を求め利用したかが具体的に示される。いわば証拠の提示。

     3章では、情報組織はこのように常時監視することによって何を得るのか、逆に 常に監視される人々はどのような影響を受け何を失うのかを指摘する。

     

     国家機関が重大な背信行為をおこなっていることを、そこに勤務する公務員が職場から持ち出した資料にもとづいて公に示せば、彼自身は法を踏み越えることになる。その時、どれほどのものを失いどんな報いをうけるかは容易に想像がつく。

     スノーデンは、みずからの現在と未来の仕事や地位も、これからの生涯にわたる行動の自由も、ことによると生命すら危うくするという代償を覚悟の上で、NSA(アメリカ国家安全保障局)の、つまりアメリカ合衆国政府の行動を内部告発した。

     

     どのような言葉も、それがどのような人物が語ったかによって意味も価値も違う。NSAの前にはCIA(中央情報局)に勤務していたスノーデンの行動は、個人的感情によるものではなく、意味と影響を冷静に見極めたものだった。彼は、CIAで得た情報も持っていたはずだが、公開はNSAの情報だけにしぼった。

     

     CIAには、さまざまな国さまざまな組織に、身分を隠して身を潜める人たちがいる。彼らについての情報が公開されれば、エイジェントたちには生命の危険をふくめて大きな影響がおよぶ。それを配慮して、あくまでもNSAによるネット情報の傍受蒐集に限ったのだ。さらに、当初から自身の氏名と身分を明らかにしようとしていたが、それは、データを持ち出した人間を当局が特定するために、関わりのない人を俎上に上げることを極力防ごうとしたからだった。

     スノーデンの人柄がよくわかる。

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     この情報を公表する窓口として、スノーデンは 二人の人物を選んでEメールを送った。

     ひとりは、この本の著者であるジャーナリスト もと弁護士だったグレン・グリーンウォルド、つぎに 映画作家のポーラ・ポイトラスだった。

     グリーンウォルドにメールを送り、伝えたい情報があるが それには交信を暗号化するアプリケーションをインストールしてほしいと求めるが、グリーンウォルドが半信半疑でいるのに業を煮やして、ドキュメタリー映画作家のポーラに連絡をとる。

     

     もともと二人は親交があったから、2013年6月 そろってスノーデンに会う。

    おかげで、文章と映像という ふたつの異なるメディアによって、同じとき同じ場所の歴史的なできごとが世に伝えられることになった。

     ひとつはノンフィクション「暴露:スノーデンが私に託したファイル」として、もうひとつは ドキュメンタリー映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」となった。

     

     グレンウォルドとポーラが託された情報は、まずイギリスの新聞ガーディアンから公開された。のちに 日本のマスメディアが伝えたニュースは、NSAの上級職員が大量の秘密データを公開し当局の追求を逃れてロシアに渡ったという切り口だった。

     ひとりひとりの交信情報に国家の情報機関が無断で立ち入っているということよりも、もとCIA職員だった人物が国家秘密を暴露した事件として、所属する組織に対する裏切り者のように スノーデンを扱って報道していた。国民の信頼を裏切った国家機関の行動を明らかにした英雄として遇するべきスノーデンを、裏切り者として報道したのだ。

     

     スノーデンから情報を受け取ったあとに、グリーンウォルドはそれを公開するメディアとしてニューヨークタイムズやワシントンポストを避けようとした。ぼくたちの多くが信頼するこれらのメディアでさえ、記事を掲載する前に概要を政府に示して了解を得ることがあるからだという。彼が信頼すべきメディアとして選んだのはイギリスのガーディアンだった。

     

     スノーデンは、携帯電話の電池を抜くか、それができなければ携帯を冷蔵庫に入れるようにすすめる。情報機関は、あらゆる携帯電話やコンピューターを盗聴器として使うことができるようになっているというのだ。だとすれば、カメラを装備するのが常識となっているいまは、盗聴器としてだけでなく監視カメラとしても利用できるはずだ。

     

      建築というものは、モノとしては 壁と開口つまり閉ざすことと開放の複雑な重ね合わせと連続によってつくられる。それを機能という側面からみれば プライバシーとコミュニケーションの連続的なグラデーションをつくるということでもある。あるいは、権利という側面からみれば 私的な所有と共有とのバランスを組み立てることでもある。

     訪れる人に対しても道行く人に対しても排他的ではなく、同時に ひとの目を気にせずに くつろぐことのできる場所が気持ちのいい住まいである。

     

     スノーデンが明らかにした、国家による情報侵入のありさまを空間に置き換えてみれば、姿の見えないスパイが個人の住まいの中に個室の中に入り込んで聞き耳を立てている、目を皿のようにして見ている・・・「壁に耳あり 障子に目あり」「天知る、地知る」という言葉が、比喩ではないという時代が来ているということだ。

     

     インターネットというシステムは、情報の公開とプライバシーのせめぎ合いという問題を 本質的に抱えている。Googleマップやそこからさらに一歩進み、ストリートビューで街を歩くなんていうことが無料で使えるのが、ぼくは楽しくてしかたないが、いったいこの費用はどこから出ているのかと考えれば、世界中をカバーする衛星写真を押さえているのはNASAや軍であるのは間違いないのだから、それらが背後で力と情報を提供し それに見合うだけの何ものかを持っていくにちがいないと、はじめの頃は想像を巡らしながら、オレにはなにも隠すほどのことはないと多寡をくくっていた。

     

     しかし、この本の日本語版の編集者も、データをUSBメモリーに入れて肌身離さず護っていたというし、映画はアカデミー賞を受賞したというのに 大規模な上映はされないということを、なぜなのか 考えなければならないだろう。

     

     いまや、ひとりひとりのプライバシーが、情報のレベルでは崩されているのだ。あらゆる住まいの壁は、「イヤフォンつき魔法の眼鏡」を持っている人には、壁を透視することができるのだ。

     経済学者 水野和夫は著書「資本主義の終焉と歴史の危機」で、スノーデンの行動は ドイツ語訳聖書によってラテン語の支配を終わらせたマルティン・ルターに並ぶものだと指摘している。

     

    ■追記

     CIAは アメリカ大統領直属で情報蒐集と人的な操作を秘密に行う組織であり、NSAは アメリカ国防総省の情報機関である。これらが並び立つことを念頭においてみると、ふたつの組織の役割と振舞いの違いが理解できるし、たがいの間に競争や暗闘があるだろうことが容易に想像される。

     これに加え、アメリカには国内を対象とするFBIがあって、大統領府は 組織の蒐める情報を判断しつつ、これらを通じて世界と国民を操作するのだから、想像するさえいやになるほど大変な仕事だと思うが、強大な力をもつことだけで陶然とする人間もいるにちがいない。そういう人間が大統領や首相などという地位につくことのないようにしなければならないのだから、国民という立場も、大変なことだ。

     

    ■関連リンク

    CIA公式ウェブサイト

    NSA公式ウェブサイト

    映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」公式ウェブサイト

    the guardian公式ウェブサイト

    ■関連エントリー

    *「卵をめぐる祖父の戦争」と「25時」:さしせまる時間と閉ざされた場所/MyPlace2


    コメント
    この記事の本題からはすこし離れることかもしれませんが、大きな暴露や内部告発に関連してその実行者が受ける「報い」、「代償」あるいは「裏切り者のような扱い」には慄然とさせられます。
    例えば、「ルクスリークス」であれ「パナマ文書」であれ、発端になるのは仏語で lanceurs d’alerte と呼ばれる人々の勇気ある行動です。彼らが保護されず、逆に「報い」、「代償」あるいは「裏切り者のような扱い」を受けてしまうのは不条理極まりないことです。

    https://france.attac.org/actus-et-medias/salle-de-presse/article/luxleaks-la-justice-luxembourgeoise-se-trompe-de-cible

    https://www.letemps.ch/suisse/2016/06/15/un-informaticien-mossack-fonseca-arrete-geneve
    • Tosi
    • 2016/08/13 12:23 AM
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