「知日」

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     ある時代までの何千年ものあいだ、日本の文化文明は、中国で生まれたものはもとより ヨーロッパやインド発祥のものさえ ことごとく中国と朝鮮から入って来た。
     ヨーロッパの人間が直接に持って来た鉄砲とキリスト教が、人を殺す武器と愛を説く宗教という、人と人のかかわりかたの両極だけが わずかな例外だったのは、きわめて象徴的なことかもしれない。
    日本は このふたつをブックエンドにして、その間にさまざまな近・現代の蔵書を並べていったわけだ。

     ふたつ前のエントリーで、BS1のドキュメンタリー番組「わたしたちが日本を好きな理由」について書いたが、そのドキュメンタリーを見て 「知日」という中国の雑誌がどのようにつくられているのか、中国でどのように読まれているのか、それが中国人の日本観をどう変えているかをぼくは知った。
     しかし、この雑誌をぼくが 初めて知ったのは小野寺光子さんのブログ「ONE DAY」のエントリーで 中国の雑誌「知日」(その1)(その2)を読んだときのことだ。

     そこには、彼女の一週間の食事と「知日」に掲載された顛末と内容が たくさんの写真とともに詳しく書かれている。日付を見ると2014年、もう2年前のことだ。雑誌社は どうやって彼女のことを知ったのか、小野寺さんが知日の編集者にメールを送ってたずねたところ、以前に 雑誌「ku:nel」に掲載された同じような記事を読んでいたからだという。彼らは雑誌もブログもよく読んでいるのだ。

     ぼくの先日のエントリーを読んで、小野寺さんが件の「知日」の実物を送ってくださった。「料理の魂」と題する号で、「小野寺家的七日餐」というタイトルで小野田さんのお宅の 春節(旧正月)前の一週間の献立が紹介されている。一冊をまるごと開いて、写真を見ながら 「同文」とはいえなくなった漢字をポツリポツリと拾い読みすると、「知日」の全体像を知ることができた。

     この号の構成については、小野寺さんがブログで すこぶる丁寧に書いていらっしゃるから、わざわざ繰り返す必要がないほどだから、そこに跳んでONE DAYを読んでください。日本の料理の年表や懐石料理の老舗から小山薫堂や「孤独のグルメ」まで、さまざまな切り口をデザインにも全力投球で日本料理を紹介している。
    送ってくださった知日を読んでいるうちに、「知日」の登場は 何千年の日中文化交流として画期的なできごとなのではないかという気がしてきた。
     かつて、西欧の諸国がアフリカを切り分け インドや中国に群がった時代、日本は いくつもの幸運に恵まれて革命を成功させ ヨーロッパに蹂躙されずに切り抜けることができた。
     明治以降の日本は、辛亥革命などを応援したひとたちもあったけれど、結局は ヨーロッパに倣って隣国を自分のものにしようとして戦争を繰り返し、侵略の手本にしたはずのヨーロッパ・アメリカと中国を相手にして壊滅した。

     何千年ものあいだ見下していたのに、いつのまにか武力で踏み込んできた国を、先入観をいだかずに素直に見ようという態度をとれる中国人の態度を、ぼくは素直に尊敬したい。日本人の残留孤児たちを育てた里親たちもそうだが、ぼくたちだったら そんな態度をとれるだろうか。

     「知日」の発行者は、はじめ1万部売れればいいと考えたが、いまでは10万部、最高は漫画を特集した号が50万部売れたというのだ。それは発行人にして編集者である蘇静氏の慧眼によるものだろうが、彼の予測を超える潜在的な読者層があったということでもある。
     雑誌だが広告が掲載されていない。もしかすると、国家がなんらかのあと押しをしているのかもしれない。仮にそうだとしても、反中反韓のヘイトスピーチの諸君と仲がいい日本政府と比べれば、雲泥の差があるということだ。

     選挙や出世争いであらゆる手をつかって戦い続けて勝ち抜いてきた政治家も官僚も、国家を動かす人間は排他的な人間が多くなるだろう、国家は自ずと排他的になりやすい。
     しかし、政府であれ市民であれ ひとりひとりを見れば排他的な人間もいれば ひとと仲良くしたいと思う人もいる。にもかかわらず、ひとたび国家という看板をかかげて戦争などということが始められると、普段なら友人になれたはずの人と人が 殺しあいをさせられるのだ。
     国家vs国家、正規軍対正規軍という「正式」な戦争は滅多に起こらなくなった現在では、真実を知ること、自由な市民をふやしつづけることが、平和な世界をつくるだろう。
     
     友人にこの雑誌をみせたら、表紙を見て「文字の並べ方がおもしろいな」と言った。たしかに、本の中身は横書きだが表紙は縦書きなので「知日」というタイトルの「知」と「日」が縦に並んでいる。ひとつにすれば「智」になる。「日」の文字は上から下にかけて幅が小さくつくられているから、ますます上にある「知」と連続して感じられるのだ。ふたつの文字の間に小さな文字で「it is JAPAN」と白抜きで書かれている。

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