「崖っぷち国家日本の決断」

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    崖っぷち国家日本の決断」/孫崎享マーティン・ファクラー/日本文芸社/2015.02.28

     以前に「青春の柳宗悦」というエントリーでも 同じような書き出しではじめたが、1億もの人間がいれば、中には極端な考えをもつ人間もいるのは当然のことだ。
    しかし、一国を代表し国家の行動を決定するはずの首相とその内閣が極端な考えをもち、まともな判断力をもたないというのは深刻な問題だ。

     外から見れば、われわれ国民が安部晋三とひとくくりにされて「日本」として認識されるのは はなはだ不本意なことだが、それどころか、周りの国と人々にとって危険きわまりないことでもある。
    安倍政権がやったことを列挙すると、どれほど危険なことを重ねるのかと改めてうんざりする。

    ・いつかは必ず大地震や噴火の起きる この国で原発を再稼働
    ・機密保護法の制定を強行
    ・集団的自衛権を強引に立法化
    ・沖縄県民の反対を無視して辺野古基地建設を強行
    ・自民党自身が選挙で反対を公約したはずのTPPを強引に締結へ進む
    ・原発を輸出する
    ・武器輸出緩和を求める経団連の要望に すぐさま対応する
    正気の沙汰とは思えないことを つぎつぎと実行した。

    こういう政策をすすめる内閣の面々が情けない振舞いにおよぶのは必然だが
    ・首相みずから「福島第一原発の放射性汚染水は完全にコントロールされている」
     と公然と嘘をついてオリンピックを招致する
    ・日本人がISに捉えられているのを承知で「有志連合」に金を提供するなどと
     これ見よがしに公言して処刑の理由を与える
    ・国会では椅子にふんぞりかえり「早く質問しろよ!」とヤジを飛ばし
    ・質問には答えられず延々と無関係な「持論」をくりかえす
    ・副首相は「ナチのやり方を真似ればいい」と自慢げにうそぶく
    ・何人もの大臣が怪しい金を受けとり、下着泥棒をしたといわれる男は居座る。

    かつて、森喜朗が首相だったときに退陣に追い込まれたのは、「日本は神の国だ」と遺族会で言ったからだったことを思えば、森が気の毒に見えるほどだ。

     この本を、こういう内閣に我慢のならない人が読めば、外国のジャーナリストがこのありさまを認知していることに 一縷の希望を抱くことができる。 安部晋三を信じてやまない人でも、すこしは考え直すかもしれない。


     さて、話は崖っぷち国家日本の決断のことだ。
     元外交官の孫崎享とニューヨークタイムズ東京支局長であるマーティン・ファクラーという二人の対談である。本を開いて一見すると 文字が大きくて行間も広く さながら政治家がゴーストライターに書かせた本のようだが、その第一印象とはうらはらに 内容はきわめて濃密で充実している。

     孫崎享は、かつて「戦後史の正体」(2012)で 戦後日本の政治はアメリカの意志によって動かされてきたことを具体的に指摘した。アメリカの力から離れようとする政治指導者は、収賄事件や病気などでかならず失脚しており、贈収賄を扱う検察特捜部はGHQの流れを汲むものだとも書いている。

     表面からは見えない力と手段によって歴史が動かされたとする見方は、陰謀史観としてとかく軽んじられるが、孫崎の見方は事実に近いだろうと思わせる。それは、公にされない記録や事実に近い立場に孫崎がいたからだ。彼は、ウズベキスタン大使、外務省国際情報局長、イラン大使を経て7年にわたり防衛大学校教授をつとめた。

     情報局時代の上司には、安倍晋三が心酔する親米タカ派で孫崎とはまったく反対側に立つ岡崎久彦がいたのだから、孫崎は安倍を動かしている考え方もよく理解しているはずだ。

     対談の相手である マーティン・ファクラーは、ウォールストリートジャーナルなどアメリカのさまざまなメディアの記者を経て、2007年から2015年7月までニューヨークタイムズの東京支局長をしている。
     3.11の地震や原発崩壊に際しては,日本の大手メディアが踏み込まなかった現地に足を運び、日本語を駆使してじかに被災者を取材し、また  SPEEDIの示す放射性物質の拡散予測を公開も利用もしなかった日本政府の対応、それをなかなか伝えようとしなかった日本のメディアを批判した。この記事で、彼のチームはピュリッツア賞の最終候補になった。

     英国の外務省に属する情報機関MI6のように 日本の外務省の情報局長だった人と、小説でスパイが身を隠す職業としてしばしば使われる 新聞社の特派員という立場の人の興味深い顔合わせだが、異なる意見を戦わせるというものではない。基本的な価値観を共有するふたりが、たがいの見方を合わせて現在の日本政府とマスメディアの問題を論じ合う。
     日本人の過半の人々が政策を支持しないにもかかわらず この政府が居座り続けるのは、既得権益層が政府を動かし、多くのマスメディアが黙認しているからだと二人は指摘する・・・大地震以前からの日本のありかたをのぞましいと考える財界・政界・官僚が、日本と世界を変えようとする意見を排除することに、記者クラブという排他的な仕組みが大きく機能していると言う。

     現在の社会が不合理かつ不公正で それが国の近い将来にとって確実に不利益を招くことがあきらかであっても、いま優位にある人間が このままの状態を維持したいと考えるのは、どこの国もいつの時代も変わらない。
    そういう歪みが争いや殺し合いを生んできたから、世の中の多くの部分をなす人間の意志を反映して、時代や環境に適応する世の中をつくろうとしてたどり着いたのが、不完全ではあるかもしれないが この民主主義という制度だ・・・そこで、既得権益層が意のままに国家を操ることがないよう、多数の国民に代わって政府を監視し調べ批判するのがメディアの役割だ。

     日本の大手マスメディアの多くは、その役割を果たしていないと孫崎とファクラーは指摘する・・・民主主義の一翼を担うメディアを充分に機能させない構造があるのだと。
     マスメディア自身が さながら「原発ムラ」のように排他的な「記者クラブ」というムラをつくり、そこに所属するものだけが政府や省庁ごとの公式記者会見に参加が許され情報を与えられる。小メディアや外国メディアは排除する。そこの住民である記者たちは ムラに安住して政府や捜査機関にもらう情報を そのまま伝えるだけですませる。情報を与える側は、相手の欲しがりそうだがあまり害にはならないものを配りながら、本当に広めて欲しいものを渡すだろう。

     YouTubeのおかげで、ぼくたちでも外国特派員協会の記者会見をいつでもで見られるようになったから、日本政府の「公式」記者会見と比較することができる。いまでは、日本の会見がいかに手抜きであるかを、ぼくたちも自分の眼で見て理解できる。官房長官の会見など、さながら 塩を撒いて仕切りを数回するだけで立ち上がることなく 土俵を降りる相撲のようなものだ。そのくせ、賞金も給金もたっぷりもらっている。
     彼らは国民に代わって政府の行動を評価検証するのではなく、メディア自身が政府を含めた日本の既得権益層の一部になっており、大手メディアには公正な報道は期待できないと二人は指摘するのだ。

     もうひとつ重要な指摘は、安倍政権が唯々諾々と要求に従う「アメリカ」というものは、かならずしも現在の合衆国政府を担う人々ではないということだ。彼らの言うアメリカとは、アーミテージやナイのようなジャパン・ハンドラーと呼ばれる連中のことで、彼らは共和党の旧政府に関わっていたが、いまでは民間企業のもとで動いているにすぎないとファクラーは言う。安部晋三の価値観が日本人の価値観ではないように、アーミテージの意見がアメリカ人すべての意見ではなく、民主党政府の意見ではないのはあたりまえのことだ。
    孫崎のもとめに応じて、日本が接するべきアメリカのリベラルな政治家たちをファクラーが列挙してあるのだが、僕の知っている名前はほとんどない。ぼくたちが「アメリカ」というときに思い浮かべるものが、いかにいい加減なものであるのかを再確認する。

     現在の日本が直面する問題、国際関係をさておいて、まずは 政府が愚かな政策をつぎつぎに繰り出すことをただそうというこの本が、大手の出版社でも硬派の小出版社でもなく、日本文芸社という軟派とされている会社で出版されるということにも、日本の大手メディアのありかたが表れている。


     ファクラーが書いた『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(2012)は,大手ジャーナリズムが政府に協調する姿勢を批判しているが、この本を出版しているのも週刊大衆や漫画雑誌を出している双葉社で、双葉新書の一冊である。 大手の出版社は、自身の既得権を失うことを恐れて出版しないのだ。言いかえれば、これらの本が真実の核心を衝いた本であることを示している。
     とはいいうものの、日本も核武装せよと主張する田母神俊雄の著書も双葉新書に含まれているのだから、単純に○や×で分けるわけにはゆかないということだ。
     因みに、安倍晋三が著者となっている「新しいくにへ  完全版」を出版しているのは文藝春秋新社である。

    ■LINKS
    孫崎享の著書
    *The Puritzer Prizes のウェブサイト
     ・トップページ
     ・2012年最終候補の紹介(International Reportingの項目):ニューヨークタイムズの記事について簡潔に紹介されている


    コメント
    RSFのプレスの自由度国別順位で現在の日本はベルルスコーニ時代の伊が記録した先進国最低水準にすでに位置するはずですが、安倍政権が続く限りこの順位はさらに低下し続けるでしょう。いわゆる「ゆでがえる」の状況に置かれて、多くの日本人がそれに気づくことさえできないうちに、日本はある種の権威主義的発展途上国にきわめてよく似た国になったといえます。
    ところで、国民国家への帰属感情、愛国心、あるいは国益という概念の受け入れは、「自然で自発的な感情」に由来するものでは決してなく、マスメディアを含むイデオロギー的諸装置によってしか可能になりえません。安倍政権はすでにそれらをほぼに完全にコントロール下においており、実体経済はもちろん最近では株価も芳しくないにもかかわらず2016年の参院選でも自公の優位が予想されており、お維などの勢力も加えると、(日本会議などが理想とする権威主義的体制への移行につながる)改憲の発議さえも現実味が増しつつあるといわれています。
    統合は進んだが1980年代以降以降新自由主義的、市場主義的に方向づけられてしまった欧州において、補完性の原則にしたがう、基礎自治体から欧州連合までの行政単位の諸段階のひとつにすぎないものにいまやなりさがった国民国家の理想化(美化)された過去に対する郷愁からナショナリスムや極右勢力が台頭するように、経済のグローバル化のもとで安倍政権のような権威主義的ナショナリスト政権がかなりの支持を集め続けるのも、逆説的ではあるが十分に説明可能なことです。
    あるいはむしろ、経済のグローバル化とナショナリスムのあいだには逆説的な共犯関係や補完関係が認められると言うこともできます。なぜなら、多国籍企業、投資銀行や投資ファンド、世界の1%の(超)富裕層にとっては、世界の残りの99%が国益なるもの(とくに経済のグローバル化のもとでは、国益などというものは「トリクルダウン」のような擬餌と組み合わされたまやかしのイデオロギー的表象にすぎないわけですが)を信じ込まされたうえ、国民国家への帰属感情によって分断されたまま、決して連帯することができず、過酷な競争状態におかれつづけることこそが都合がよく望ましいことだからです。これらの機関投資家、多国籍企業、世界の1%の利害関心に応えるために、国際競争力やアトラクティヴィテの国別順位といったものを鼻先にぶらさげられて、諸国は「構造改革」や「供給側の政策」を競わされます。
    日本銀行は極端な緩和政策を続け円安も続いていますが、製造業に限らず世界的に事業展開する日本企業は高齢化と人口減少で縮小する日本市場をすでに見限っているので、日本では投資もまともな雇用も増やすつもりはないでしょう。非正規雇用が雇用全体の40%に達し、中間層が大きく減少し、子供の貧困に関連することとしては「紙を食べて飢えをしのぐ」といった極限的な状況が現実になっているあいだに、百万米ドル以上の資産保有者数が2020年までに約70%増加するであろうとも予想されているような国で、主要マスメディアが政権によるコントロール下におかれているとはいえ、あまり多くの日本人が国益というまやかしのイデオロギー的表象に疑問をいだかず、また、現実に大きく依存している巨大な成長市場をもつ隣国を「安全保障上の脅威」とみなしてナショナリスム感情をあおり改憲と権威主義的体制への移行のために利用する政権の手法を危険視することもできないとしたら、それはまったく絶望的な状況であり、私たちは日本がまだかろうじて民主的(形式的にとはいえ)であるような最後の時代に立ち会っていると言っても決して誇張ではないでしょう。
    もちろんその獲得議席数にもかかわらず直近の二度の国政選挙における自公の得票率は大したものではなかったということには留意すべきで、二回投票制でない小選挙区制をはじめとする日本の選挙制度に問題があることは明らかです。しかし、かりに民共などの共闘あるいは選挙協力がある程度うまくいくとしても2016年参院選でお維などを含む改憲勢力が三分の二特別多数に到達することを阻止するのは容易ではないというより、かなり難しいという深刻な情勢のようです。私は残念ながらこの予想は悲観的すぎるとも杞憂とも言えないと考えています。


    • Tosi
    • 2015/12/22 11:13 PM
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