映画「祝の島(ほうりのしま)」

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    「祝の島(ほうりのしま)」公式ウェブサイトへ


    ドキュメンタリー映画「祝の島(ほうりのしま)」を見た。
    ぼくはmasaさんにさそわれ、masaさんは岩城里江子さんにさそわれ、外堀通り市ヶ谷と飯田橋の間にある神楽サロンに行った。1階のピロティにはAIR STREAMが、この前に見た時よりきれいになっていたし、3階まで階段をのぼりドアを開くと、そこには池田学の「予兆」が飾られていた。ふつうに映画を見せるのとは、ちょっと違う趣向がいろいろとあるのだ。

     山口県 上関町の沖合に浮かぶ祝島(いわいしま)という小さな島に住むひとびとの暮らしを撮ったドキュメンタリーだ。本州と四国と九州が身を寄せ合うようにしている海に、いかにも心地よさそうに浮かぶ島。原発がつくられるところが 例外なくそうであるように、ここも小さな箱に入れて大切にしまっておきたいような美しい海だ。  上関(かみのせき)原発のことをぼくが知ったのは、昨年4月、小出裕章氏の講演をYouTubeで見てのことだ。しかし、500人ほどの住人の大半を老人がしめるこの島では、週に一度、島をめぐるデモを30年もつづけている。 にもかかわらず、映像はそのたたかいの険しさよりも日常のおだやかなくらしを、心やさしいまなざしで伝えている。原発は、どんなひとたちの どういう時間どんな生活を奪ったのか、そして壊しているのかを、おだやかに語る。  監督である纐纈あや(ハナブサ アヤ)さんも10年ほど前にはじめてこの島を訪れたときには、まなじりを決した人たちがスクラムを組むような情景を思い描いていたそうだが、映画を撮る前に半年ほどの間ここに住み込んで島の人々と生活を共にしているうちに、おだやかでユーモラスな、しっかり深く島に根を張ったひとびとの様子を撮ろうと思うようになったというのだ。
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     映画が上映されたのは2階だったから、上映後にまた3階にもどって歓談するという場が設けられていた。映画を見ながら、ぼくは纐纈さんにうかがいたいと思ったことが2つあった。

    ・・・高い擁壁に支えられている棚田で米をつくるひとがいる。すでに高齢のそのひとは、田んぼと石垣をいとおしむように大切に手入れしている。その棚田は、彼の祖父・亀次郎さんがつくったという。棚田を支える石垣の高さが4mほどもあるうえに、石の中には縦横2mを越えるほどの巨大なものが混じっていることにぼくは驚いた。
    「あの棚田は、亀次郎さんがひとりでつくったんですか?擁壁を積むときには、島の人たちが協力したんでしょ?」
    「いえ、たまに家族が手伝うことはあったそうですが、土の中から出てくる石を掘起こして、牛と梃子をつかって大部分は亀次郎さんがひとりで積んだそうです。なにしろ、まちから1時間くらいかかる山の中なので、映画をみてはじめて知ったという島の人もいたくらいです。」
    「擁壁があんなに高いのは、斜面が急だったからなんですか?」
    「たしかに斜面は急ですが、擁壁が高いのはそれだけではないんです。将来に機械をつかうようになると、田んぼ一枚の面積を大きくしておかなければならないとおっしゃったそうです。しかも、いずれはまた森にもどるだろうが、それでいいんだと。」
     田んぼの奥行きを深くとろうとすれば斜面を大きく削らなければならず、それに比例して擁壁は高くしなければならないのだ。
    GoogleMapの航空写真で見ると、町までは直線距離にして2.5kmほどあることがわかる。

     もうひとつ、纐纈さんにきいておきたかった質問は
    「亀次郎さんのお孫さんが、『原発のいちばん悪いことは、ひとを分裂させたことだ。しかし、いつかはもにもどるだろう』と述懐する場面がありましたが、映画には、原発賛成の島の住民はでてきませんでした。その人たちとはどうしているんですか?」だ。
    「ええ、賛成派のひとは住みにくくなって島を出ていらした人が多いんですが、いまも残っていらっしゃるかたもあるんです。おたがいに、相手側の店には行かないとか家の前も通らないということもあったんです」という答えは、予想していた以上に深刻なものだった。

     この映画は、島の人たちが島と海をどんなに愛しているか、島の仲間を島の生活をいかに大切にしているかを、美しくおだやかに、ときにユーモラスに描いた。それを中心に据えることで、ヒトとヒトのたたかいではなく、島と原発のあいだのたたかい あるいは人間と原発(そしてその背後の人間)のたたかいという、問題の本質を浮かび上がらせることができた。
     亀次郎さんは文字が読めなかった。だから、毎晩のようにランプのとぼしい明かりの下で孫に本を読み聞かせてもらったという。彼が受け取った情報の量は、いまの我々と較べれば微々たるものだ。しかし、将来の農業に機械が使われることを見通し、日々の作業のかたわら斜面を掘り石を掘り出して高い擁壁をつくった。水も、どこかから引いただろう。その田んぼの米で子供や孫たちを育てることができたから、いつかはまた山の森にもどるだろうが、それでいいのだと、さらに遠い未来をも視界に入れていた。驚くべき人だ。
     それにひきかえ原発は、人々の間を切り裂き、おそらくは働く意欲をも失わせ、どこまでも海と大地を汚し、ひとびとを傷つけたたきのめす。それが何万年も持続するという未来への視界を、昨年からの事態によってだれもが持てるようになったはずだ。われわれの選ぶべき航路は明らかになっている。ただ、そちらに向けて生き方の舵を切り、出発するだけのことだ。

    コメント
    裕吾さん
     コメントありがとうございます
    親戚の葬儀で新潟に来ていますが、こちらもやっと梅がさいたところで、寒い春です。
     じつは、まだ「ミツバチの羽音と地球の回転」をみるチャンスがないままでいます。
    原発なしでやっていくためにはどうやってエネルギーをつくるか、どう生活を変えればいいか、という命題に答える映画ですね。
     われわれがまずすべきことは、****年までに原発をなくすと宣言することでしょう。原発を「より少なく危険」なものにしようという努力は、その宣言を前提にするなら意味があるのであって、そういう宣言なしで安全基準などといっても、認めたらまた図に乗って原発が巾を利かせるだけだと、だれもが感じている。
    原発の恐ろしさを実感として知っている現在なら、生きかたを変えることに向きあう覚悟があるのに「ホルムズ海峡が閉鎖されたら」「猛暑の夏になったら」をはじめに置いて考えるのは大間違いですね。

    おっしゃる通り、政府に何かをさせるということとはべつに、われわれ自身がやるということを同時に考えなければなりませんね。「ミツバチの羽音」を見て、わたしも伊那谷のエネルギー自立を考えます。
    忘れないうちにと思ってネットでしらべたら、幸運なことに、今度の21,22日に王子で上映されるそうです。http://888earth.net/trailer.html  みます。
    玉井さん、こんにちは。ご無沙汰しています。こちらはまだまだ桜も開いていません。寒い春ですね。
    同じ祝島を撮影した映像に鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」があることは以前ご紹介しましたね。そこでは、この祝島の原発反対運動と埋め立て予定地、田ノ浦の海底から淡水が湧く多様な生物の楽園の様子、中国電力の対応、そしてもう一方でスウェーデンの様子を紹介しています。スウェーデンでは個人が買う電気会社を選ぶことができます。ある人はエコの電気しか買わないといい、これだけの緑の資源ある日本でなぜスウェーデンのような対応ができないのかとも言っています。映画の紹介文では
    『スウェーデンは脱原発を国民投票で決め、2020年までに石油にも依存しない社会づくりをめざしています。
    実はエネルギーをシフトする背景には民主主義や情報の透明性、そして人権意識の高さがあることが見えてきました。スウェーデンはCO2を削減しながらゆるやかながらも経済成長を続け、質の高い福祉を実現しています。日本とスウェーデンの違いはいったいどこにあるのでしょうか?』
     ここではスウェーデンの過疎の村を紹介、その村は脱石油を実現して自立しています。一つは、間伐材や廃材を燃やして各戸に熱水を供給するシステムを住民たちだけで作り上げています。これは駒ケ根のような小さなエリアだと実現可能ではないかと思いお電話をしましたよね。現在の石油からの脱却によって、世界経済に振り回される度合いも減ってきますよね。いまでは、田舎でさえヘッジファンドの危険から逃げられずにいます。私はすこしながら米などの食料の備蓄を考えています。
    また、その村では牛の放牧にもコンピューターシステムを使い、牛が乳を搾ってもらいたいときに搾乳機の前に牛自らが立ち、自動的に搾乳するようにもなっています。これにより農民と牛の双方の負担が大幅に減っています。
     私の店のお客さんで、この駒ヶ根には山から,特に増水時には大変な勢いで水が流れてくる、それを利用して発電すればいいのにね、といった人がいます。これで思い出すのは、ラオスに行ったときです。メコン川をさかのぼると、途中にちいさな堰を作ってそこに小さなスクリューを置き、そのもとにモーターをつけて発電し、村のテレビを見れるようにしていました。まったくお粗末なものですが、これで十分テレビは見れたようです。こんな簡単なことさえ私たちは手が出せずにいます。その点でこのスウェーデンの人々の様子は、実際日本人の私たちが自ら決心できるのではないかと思わせてくれるヒントがある映像だと思います。いくら原発に反対している私たちでさえ行政に依存している姿が見えてくると思います。この伊那谷のような首都から離れた場所が自立できる方法を考える端緒になればと思いますが、どうも私たちには国ともしくは政治と個人もしくは地域をはっきりと区別する思想がまだ出来上がっていないように思います。こちらも御覧ください。裕吾
     


    • 加嶋裕吾
    • 2012/04/16 6:18 PM
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