半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義

0
     半藤一利と宮崎駿の腰抜け愛国談義/半藤一利・宮崎駿/文春文庫
     
     今年も8月15日は朝から愛国者諸君がけたたましい音楽を流しながら街宣車で走ってゆく。飯田橋界隈は靖国神社が近いから、このあたりを周回しているのだ。

     買ったばかりのこの本を 娘がテーブルの上に置いたまま福島に行ったようで、手にとってみると、先日 NHKで放映されたのと同じ 半藤一利*宮崎駿による対談である。
    テレビ もすこぶる面白かったけれど 1時間番組だったのに対して、こちらは7時間あまりの対談のうち、些事を落として文字に起こしたというのだから、もっと面白いはずだ。8月10日第一刷という、出来たての本だ。

     
     言い方が少し違うところがあるので、それぞれ別の対談なのかもしれないとも思ったのだが、読んでいると、とても繰り返すことなどできそうにないことがわかる。 編集の違いなんだろう。
     街宣車の諸君は自分では愛国者であるつもりだろうが、いつの時代もああいう声がむしろ国を滅ぼすものであるのに対して、この本が「腰抜け」というタイトルをつけているのは逆説であることはいうまでもない。こちらのほうが、むしろ国を愛しているという自負がある。
     
     日露戦争はまだしも、それ以降の日本の軍隊がいかに間違った判断と愚かな行動で国を滅ぼしたかという見方を軸にして、それぞれの育った時代と家族やまわりの環境について、あるいは飛行機や軍艦という具体的なものを通じて戦争や平和についての談義だ。
    ところで談義と議論の違いは どう説明されているのかが気になって、iPhoneの大辞林を開いた。
    「議論」は「それぞれの考えを述べて論じ合うこと。また、その内容」
    「談義」は「自由に考えを述べ合い議論すること」とある。  
     放談というのもあるが
    「放談」はこう書かれている「言いたいことを自由に語ること。また、その談話」
    相手の言うことを聞かず自分の言いたいことだけを言うことだから麻生太郎の発言のようなものだ。
     そうしてみると、もともと共通の基盤をもつ人たちが相手に興味を持って話を拡げたり掘り下げたりする談義というのは、ものごとを決定する前に理解するためにはとてもいいし、はたできいていても面白い形式だ。
     
     第一部 悪ガキたちの昭和史 第二部 映画『風立ちぬ』と日本の将来 という二部構成で、82歳と72歳のふたりが、それぞれの青春時代と「風立ちぬ」について語りながら、堀越二郎や零戦や堀辰雄についてカプローニについて、あの戦争や日本の未来について語るという仕立てであるから、ぼくは映画の前に読まないでよかったと思うが、もう一度映画を見たくなった。

     ひとつ、半藤の発言の扱いで気になったことがある。この本に書かれているがテレビには出てこなかったところがあるのだ。エネルギーが石炭から石油に移行することを日本の軍部が見通せなかったことを半藤はこう言う。
    「このときは、石炭から石油へ、ということでしたが、エネルギーの大転換というものは歴史の節目節目に必ずやって来るものなんです。日本人は困ったことに、そのことに対してまことに鈍い民族なんですよ。これはいまもおなじですね。大転換に着手しなければいけないっていうときに、グズグズ、グズグズやっている。またぞろ原発再稼働だなどと、ほんとうにくだらないことを言いはじめています。むしろ原発を廃炉にするための技術開発に取り組んだほうがいい。なにを考えているのかと呆れますけどね。」

     このくだりがテレビでは、石炭から石油への転換については語っているが原子力のところはない。
    そこにはNHKの配慮がはたらいたのか。そういう操作をさせる力がNHkにかけられるのだろうか。興味深いところだ。

    コメント
    裕吾さん ありがとうございました。家でなく窓だったんですね。・・・はずかしい。
    きょう、ジュンク堂で探してみます。岩波の「図書」とか、新潮社の「波」のような雑誌ですね。そういえば講談社はなんていうんだっけと思って調べたら「本」ですね。
    http://www.shogakukan.co.jp/magazines/back_number/_id_069000 こちらをご覧ください。 「本の窓」です。
    • 加嶋裕吾
    • 2013/11/24 7:24 AM
    裕吾さん こちらこそご無沙汰しています。
     たしかに、コンピューターを使い始めた頃は、書き直しすることもトレーニングのうちと思っていたから、消えてしまっても書き直しをさほど苦労だと思わなかったけれど、このごろは、気合いを入れた書いたものであればなおさら、気力を再起動するのがむずかしくなりました。
     さっそくインターネットで検索したのですが、本の家がみつからないものの、講談社のネットノンフィクションサイト「G2」で、佐野眞一が、いまもっとも会いたい人として菅原文太を挙げて、対談を始めたのを知りました。
     いま新潟に来ているので、駅前のジュンク堂に行って「本の家」のことをきいてみますが、バックナンバーは こんど駒ヶ根にうかがったときに読ませてください。
    玉井さんご無沙汰しました。前回は書きかけで終えてしまって、すみませんでした。玉井さん同様、コメントを書いたのですが、何かの拍子で全部消えてしまいました。書き直そうとも思ったのですが、その気力がなく失礼してしまいました。
    ところで、小学館が出している「本の窓」という小冊子をご存知ですか。岡さんという知り合いの編集者が担当してから非常良い内容のものになっています。連載に菅原文太の対談があります。既に一冊の本にもなっています。以前、半藤さんも憲法について語っています。今回はなかにし礼が「リメンバー」という原発反対の歌を作って全世界に広げようという話をしています。僕のところにバックナンバーもかなりそろっています。ぜひ見ていただきたいと思います。
    • 加嶋裕吾
    • 2013/11/22 10:06 AM
     先日はどうも・・・
    無事にご帰館なさったようで安堵いたしました。
     わたしの小学校高学年の担任の教師は軍国少年上がりだったのでしょう、旅順港の広瀬中佐の話など得意でしたが、ビンタを食らわすのがもっと得意でしたから、 われらはレジスタンスを試みていました。おかげで戦争話は嫌いになりました。
     軍艦はもとより飛行機のこともすこぶる疎いもので、この話はどれもが面白く興味深く読みました。
    映画はまだですが、本書は八割方……読み進めております。
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << May 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • 「卵をめぐる祖父の戦争」と「25時」: さしせまる時間 と 閉ざされた場所
      玉井一匡 (08/17)
    • 「卵をめぐる祖父の戦争」と「25時」: さしせまる時間 と 閉ざされた場所
      秋山東一 (08/17)
    • エドワード・スノーデンの勇気
      Tosi (08/13)
    • 映画「NO」:選挙で 独裁者ピノチェトを退陣させた'88年のチリ市民
      玉井一匡 (01/26)
    • 映画「NO」:選挙で 独裁者ピノチェトを退陣させた'88年のチリ市民
      AsianEmi (01/26)
    • 「崖っぷち国家日本の決断」
      Tosi (12/22)
    • サムライとヤクザ:ゴッド ファーザー +
      玉井一匡 (12/02)
    • サムライとヤクザ:ゴッド ファーザー +
      玉井一匡 (10/12)
    • サムライとヤクザ:ゴッド ファーザー +
      kawa (10/10)
    • サムライとヤクザ:ゴッド ファーザー +
      kawa (10/10)

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM