「宝島」

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    「宝島」/真藤順丈/講談社/1,850円

     

     面白かった。

     戦後の沖縄で アメリカの圧倒的な力の支配に抗うことによって、自己と沖縄を必死で構築してゆく若者たちの物語。

     タイトルは「宝島」というものの、一攫千金の話でも浮わついた夢物語でもない。「ヌチドゥタカラ:命が宝」という沖縄のことばがあることを ぼくたちも知っているけれど、おそらくこれは その「宝」なのだ。

     戦後沖縄で起きた米軍がらみの事件を下敷きに、いわゆる沖縄返還の頃までを時代背景にしている。いや、本当の主人公は「沖縄」そのものなのかもしれない。

     

     ぼくは2回も電車を乗り越すほど 夢中になったにしては、読了まで1週間以上かかってしまった。

     沖縄の出来事を憶えてはいても、そのときの沖縄のひとたちの思いを知っている訳ではないから、読み始めのぼくは さながら 見知らぬグループのデモに紛れ込んだようで 心から共鳴することができないままだった。

     

     中でも、この物語の軸をなす「戦果アギヤ−」(戦果をあげる者たちといった意味だと書かれている)という言葉は、この本で はじめて知った。家を焼かれ家族を殺され土地を奪われた沖縄の 敗戦直後の若者たちがつくったチームが、綿密な計画を立てて米軍の基地に潜り込み、物資を盗んで来るのだ。

     これがフィクションなのか歴史上の事実であったのか ぼくは分からず、 したがって どう受けとればいいのか定かでないままに読みすすめていた。

     

      そんな具合に自分の位置が定まらないまま読んでいたときに、ちょうど沖縄通の友人が事務所に来たので戦果アギヤ−のことをきいてみると、それは現実にあったことで、当時は米軍統治下にあった琉球警察も なかば 見て見ぬふりをしていたそうだ。いいところがあるじゃないか。そうと知ってから、ぼくはやっと、彼等の仲間に入れてもらったような気持ちで読み進んでいった。


    26頭の犬と1600キロの雪を走る生き方

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       このひとの生きかたは「人は何のために生きるか」という誰もがかかえる問題をゆさぶる。
      4月17日(日曜日)19:00-20:50に時間が変更されて、BS1でドキュメンタリー「BS1スペシャッル 犬と私の1600キロ ユーコンクエスト・極北の大地を行く」が再放映された。
      ぼくは一回目の放映を見逃したので 再放送を待つあいだに、このひとの書いた本を読んだ。

       いま、本多さんは26頭の自分の犬と毎日の生活をともにしている。冬になると犬たちはそりを曵き、本多さんは彼らをはげまし 体調を気遣い長距離レースに挑む。しかしレースの規定の14頭の犬たちをまとめて走らせるのは、容易なことではない。
      自分の犬舎をもつようになるまでは、それにもまして困難が続いた。やっと永住権を得て、友人が 貸してあげると言ってくれた土地は林だったから、自分で重機やチェーンソーをあやつって 一本ずつ木を切り倒して「敷地」をつくり、ログハウスのキットを自分で組み立てて住まいをつくり、切り倒した木をつかって1頭ごとにひとつずつの犬小屋をつくった。

       カナダとアラスカの両国にまたがるユーコン川に沿い、ときに凍った川そのものをコースとするユーコンクエスト(YUKON QUEST)と呼ばれる走行距離1600kmつまり1000マイルのレースを、本多さんは毎年の目標としている。出発点とゴールは、カナダのイエローナイフとアラスカのドーソンシティが、大会ごとに入れ替わる。スタートは3分間隔で出発するが、ゴールの時刻は何時間も あるいは日単位の差ができるから、スタート地点の方がはるかに盛り上がるからなのだ。

      1600kmという距離が、ぼくには実感できないからGoogleマップでしらべてみると、東京駅から鹿児島駅まで高速道路をつかって1356km・・・それでもまだ244km足りないから、少し遠回りしてみる。東京から富山を経由して鹿児島駅に行くと、やっと1628kmだ。


      ビル・カニンガム&ニューヨーク

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         このごろぼくは劇映画であるかドキュメンタリーであるかをほとんど意識せずに映画をみている・・・これを見終わったあとに気づいた。

        映画の作り手はたがいの方法を取り入れるようになっているんだろうし、ぼくたち受け手の側には 映画やテレビ以外のさまざまなメディアからあふれるほどの映像が身近に入るようになった。まして、事実を伝えるとされてきたマスメディアは、ある方向の事実をとらえた映像の中から 制作者だけではなくスポンサーや権力者の意図に沿って断片を選び出して編集しているということを、多くの人が実感として知るようになった。

        事実とフィクションの境界は連続的になったにしても、目指すべきはいずれにしても、 世界とは何かという真実だ。

         見逃していた「ビル・カニンガム&ニューヨーク」をギンレイホールで上映するときいて楽しみにしていたから、ぼくにしてはめずらしく初日に行くことにした。

         ビルは82歳、長いあいだ カーネギーホールの上に独りで住んでいる。毎日のように自転車でニューヨークの街を走りまわっては、魅力的に衣服をまとった女たち、男たち、そのあいだの人たちを見つけると、こぼれるような笑みをたたえてニコンのシャッターを切って50年。自転車はもう29台目、28台は盗まれた。

        彼は、ニューヨークタイムズにOn the Streetという写真コラム(そんな言葉があるかどうか知らないが)を長い間つづけている。


        井上ひさし展:6月9日まで 神奈川近代文学館

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            横浜で打合せした帰りがけに神奈川近代文学館の「井上ひさし展」を見た。
           残り時間が少ないなと迷いながら、みなとみらい線の元町中華街の駅を降りて港の見える丘公園のはずれにある文学館にたどりつくと、閉館まで45分しか残されていない。それでも、見終わった帰り道、木の間がくれに港を眺めながら、もっとゆっくり見られなかったことが残念であるものの来てよかったと思う。
           
           まだ読んでいない小説も戯曲もたくさんあるので、それが残念である反面で、楽しみがたくさん残されていると知ったからだ。それに、勇気づけられた気分もどこかに残っている。
           世の中にとってかけがえのない人の訃報をきいたときにいつも感じるように・・・代わりに冥土に連れて行ってほしいやつなら、神様にたくさん推薦してあげるものをと思ったが、一昨年の3月11日以降は、その思いがますます強くなった。原発に群がった連中の厚顔に腹立たしく、東北出身の井上ひさしが元気でいてくれれば、原発批判の中心となったことはまちがいない。
           
           井上ひさしは、少年時代を過ごした施設の神父にたいする尊敬の思いから、若いときに洗礼を受けてカトリック教徒になっている。そして、日本共産党のシンパと見なされることをいとわない発言をしてきた。日本ではカトリックと共産党のとりあわせは、おそらく稀なことだろうが、ある意味で両者は通じるところがある。いずれも強固な中央集権制を築きあげ、それを 今に至るまで護り続けている。
           ところが、中央集権制そのものに対して、井上は一貫して戦いを挑んできた。そうした一見矛盾するような多義的な在りかたが彼のしごとの魅力をつくりだしているのだ。短い時間に井上の生涯のしごとをたどると、録画しておいたサッカーのゲームを早回しするときのように、かえって全体を貫く軸が見えてきた。

          「初代 竹内洋岳に聞く」

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             昨年末のテレビで、ダウラギリに挑む長身の日本人登山家のドキュメンタリーを見た。
            地球には8,000mを超える山が、いずれもヒマラヤに14あって、そのすべてに登頂した人は14SUMITTERといわれている。ドキュメンタリーの主人公・竹内洋岳(ひろたか)は、このダウラギリを登頂して日本人で初めて、世界で29人目の14 SUMITTERとなった・・・14の山を14座と数え、山の数え方に「座」という単位があること、竹内洋岳という登山家がいるということも、ぼくはことごとくこの番組を見て知ったのだが、この男とそのありかたをとてもいい感じだ、いい男だと思った。

             その竹内が語ったことを記した「初代 竹内洋岳に聞く」という本がある。この本を書いた人はみずからを「著者」とせずに、表紙に「聞き書き 塩野米松」としている。インタビュアーでもないのは聞き手の発言がいっさい書かれていないし地の文もないからだろう。竹内自身のことばだけで構成されているので、読者はインタビューを横から見るのではなく、本人に向き合っているようだ。

            「あんぽん」

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               「あんぽん 孫正義伝」佐野眞一著/小学館

               先日、このエントリーを書きかけのまま公開してしまい、あわてて非公開にしたが、そのうちに オリンピックがはじまるし、書きたいことはたくさんあるのに時間がなくてそのままになっていた。こんどは、イ・ミョンバクの突然の竹島*ドクト上陸強行で、このところ順調だった日韓の関係があやしくなったおかげで、このエントリーを仕上げてしまいたくなった。

               ぼくがこの本を読みたくなったのは、地震の後に孫がいち早く巨額の寄付を申し出るとともに、原発廃止と自然エネルギー推進の先頭に立ったからで、同じように思った人が多かったらしく、図書館の予約は60人を越えていた。今はどうなっているだろうかと調べたら、8月26日現在の中野区の図書館では73人の予約があるが、蔵書は9冊になった。予約数も増えたが蔵書も増えて、待ち時間は減った。

              「あんぽん」とは、孫正義が日本国籍を取る前に名乗っていた姓「安本」を音読みしたものだとは、読んではじめて分かった。かつて悪ガキが彼を「あんぽん」と呼んだとき、そこに差別的な意図を込められていたことは容易に想像できるから、あえてそれをタイトルにしているのは、これが単なる出世物語ではなく孫正義とその背景に正面から取り組もうと著者が考え、孫もそれを受けて立ったからだろう。直接の取材も繰り返している孫は、タイトルに対しても異議をとなえることはなかったのだろう。

               彼は留学先のアメリカで知り合った日本人留学生との結婚後に日本国籍をとった。姓を「孫」に変えようとすると、日本に「孫」などという姓はないとして法務省は認めようとしない。彼は一計を案じてこの姓で日本国籍取得に成功する。それを佐野は、いかにも孫らしいやりかたと書いている。
               本来の「孫正義」という氏名のままで日本人になるというところに、日本では差別され韓国にいけば余所者扱いされる在日韓国人という立場に、正面から向き合って生きようとしたのだろう。
               
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