AIよりIA

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     コンピューターは自転車のようなものだと言ったスティーブジョブズの考え方に、いまも ぼくは強く深い共感を覚える。Macと自転車が 生涯の重要な友と思っているが、そればかりではない。

     

     クルマの全自動運転の実現が近いというニュースを聞いたり、プロの棋士がやっとのことでコンピューター相手の囲碁で勝ったドキュメンタリーを見たりすると、ぼくは不安な気分になる。

     

     人間がいちいち指示を与えなくともコンピューター自身が あらゆる状況を知りや目的を考え判断して動くことのできるAI(Artificial Intelligence:人工知能)を、コンピューターの究極の目標と考える立場がある。

     それに対して、コンピューターは人間のもっている知的な能力を拡げるものだと位置づけ、それをIA(Intelligence Amplifier )という考え方があるのだと、僕は2年ほど前に知った・・・インテリジェンス・アンプとよんでおこうか。

     

     それを知ったときぼくは 当然のように この自転車を思いうかべた。

    古くから スティーブ・ジョブズは、「コンピューターは、ぼくたちの精神のための自転車だ」と言っていたし、1984年にはスーパーボウルのハーフタイムに歴史的なCMをTVに流した。

     人間を支配する巨大な権力者をぶち壊してみせた このCMは「巨大コンピューターは人類を支配しようとするが、Macintoshはひとりひとりの人間の能力を拡げる」というメッセージを伝えようとした。むろん、ジョージ・オーウェルの「1984」が背景にあるし、その独裁者はIBMを念頭に置いたものであるのはいうまでもない。


    アシストつきロードバイク

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      ひと月ほど前に、膝と足首と手首が痛いことに気づいた。

       これまで、それぞれ別のときに痛みがあったのだが、それが一緒にいたくなってきたと気づいたのは、間抜けな話だが 事務所の近くの診療所で、受診用紙に膝の痛みを書いているときだった。

       

       もらった薬を飲んで外用薬をつけたら、いまはだいぶよくなってきたのだが、もしかすると 関節の痛みは自転車のせいかもしれないと思いはじめた。

       シフトダウンせずに坂を上ればスピードを出さずに体を鍛えられるから安全じゃないかと思い 実行して数ヶ月、じつは関節に負担をかけていたのかもしれない。

       

       ぼくと同じように 自転車の方も、このところ 後輪がカラカラと軽い金属的な音をたてるようになった。回転軸がブレているのはたしかなんだが、いろいろと試しながら調べても どこから音が出るのか分からない。

       

       いつも行く西早稲田の自転車屋エスビットに行くと「どうしましたか」とお兄さんがドアを開けてくれた。

       状態を話すと「たぶんスポークが緩んでいる。小一時間かかりますがいいですか」という。早稲田の大隈講堂前にあるキャンパス内のカフェで 本を読んだりfacebookに書き込みしたりして戻ると、作業は終わっていた。

       

       店には、ちょっと興味を引くものがあった。ロードバイクに電動アシストをつけた自転車、ヤマハのYPJ-Rという。「意外に面白いから椿山荘の上までのぼって来ませんか?」というから、試乗させてもらった。

       アシストバイクは、デザインを出し惜しみして不細工にしてるのではないかと思うくらい、どれもこれも つまらない鈍重な代物だが、その水準からすると、これは自転車そのものがかっこいい・・・というか、普通にロードバイクだ。アシストバイクで先頭を走っているヤマハがつくったという、アルミフレームのロードレーサーのフレームにバッテリーを貼付けたようなデザインはあたりまえのものだが、他のものと比べれば群を抜いている。


      エドワード・スノーデンの勇気

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          インターネットや携帯電話でかわされた通信を、情報機関がことごとく入手し保存して あらゆる人の行動を監視するという事態が、いつかどこかの独裁国家で起きるだろうとは、多くの人が思っていただろう。

         それが 自由を標榜するアメリカ合衆国によって現実に行われている。このままでは、ときに邪悪になりうる強大な力を持つ者 神ならぬ者によって つねにひそかな監視を受けながら、人々は生活しなければならなくなる。

        いまのうちに なんとかしなければならないと、エドワード・スノーデンは命がけで声を上げた。

         

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         「暴露:スノーデンが私に託したファイル」は 3つの章から構成されている。

         1章では、重要な情報を伝えたいというEメールを著者が受けてからスノーデンに会って直接に話を聞き、膨大な資料を入れたUSBメモリーを托される。それを公開するまでのスリリングな物語。とにかく面白い。

         2章には、スノーデンが持ち出した具体的な資料の数々によって どのような組織のどのような人間が情報を求め利用したかが具体的に示される。いわば証拠の提示。

         3章では、情報組織はこのように常時監視することによって何を得るのか、逆に 常に監視される人々はどのような影響を受け何を失うのかを指摘する。

         

         国家機関が重大な背信行為をおこなっていることを、そこに勤務する公務員が職場から持ち出した資料にもとづいて公に示せば、彼自身は法を踏み越えることになる。その時、どれほどのものを失いどんな報いをうけるかは容易に想像がつく。

         スノーデンは、みずからの現在と未来の仕事や地位も、これからの生涯にわたる行動の自由も、ことによると生命すら危うくするという代償を覚悟の上で、NSA(アメリカ国家安全保障局)の、つまりアメリカ合衆国政府の行動を内部告発した。

         

         どのような言葉も、それがどのような人物が語ったかによって意味も価値も違う。NSAの前にはCIA(中央情報局)に勤務していたスノーデンの行動は、個人的感情によるものではなく、意味と影響を冷静に見極めたものだった。彼は、CIAで得た情報も持っていたはずだが、公開はNSAの情報だけにしぼった。

         CIAには、さまざまな国さまざまな組織に、身分を隠して身を潜める人たちがいる。彼らについての情報が公開されれば、エイジェントたちには生命の危険をふくめて大きな影響がおよぶ。それを配慮して、あくまでもNSAによるネット情報の傍受蒐集に限ったのだ。さらに、当初から自身の氏名と身分を明らかにしようとしていたが、それは、データを持ち出した人間を当局が特定するために、関わりのない人を俎上に上げることを極力防ごうとしたからだった。


        「卵をめぐる祖父の戦争」と「25時」: さしせまる時間 と 閉ざされた場所

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           卵をめぐる祖父の戦争/デイヴィッド・ベニオフ著/田口俊樹訳/早川書房

           

           春に 友人がサンクト・ペテルブルクに行ってきた。その写真を見せてもらいながら ぼくは、「卵をめぐる祖父の戦争」という小説を思い出して、もういちど読みたくなった。

           

           ヒトラーのドイツ軍に都市を包囲されて、あらゆる補給路を断たれ、 食料も燃料もなくなり、多くの命を失いながら市民たちが耐え続けたと言われる レニングラード包囲戦を背景にした物語だからだ。

           

           1941年9月から1944年1月まで、窮乏の中で3回もの冬を越えた。レニングラード市民は耐えぬいたとソ連は讃えたが、それは背後にスターリンの銃口とシベリア送りがあったからで、市民からすれば ナチとスターリンを耐えぬいたということだと、この小説の数々のシーンから実感できる。


           歴史上屈指の 残虐な独裁者を相手に 外と内で対峙しなければならない市民のありさまは、いまでは自分の身に寄せて物語を想像できるようになった。なにしろ、我々も 内には独裁者になって戦争をはじめたくてウズウズしているような首相を持ち、外には海の向こうに世界で指折りの独裁者がいるのだ。

           

           前に読んで とても面白かったが それは図書館から借りたものだったから、そばに置いておきたいと思っていたので、すぐに買って読みなおした。( 前にもエントリーした:卵をめぐる祖父の戦争/MyPlace)とても面白いよと、その本を 友人に進呈したのだが、読み終わった彼は 傑作だなと言って それを返してくれた。

           それというも、この小説の著者デイヴィッド・ベニオフのデビュー作「25時」は新潮社にいる彼の弟さんが編集したので 以前に「卵をめぐる祖父の戦争」をもらったのが 自宅にあったのだという。

           

           なんでも、翻訳出版の世界には、前の作品を出版した会社が つぎの作品を優先的に出版できるという不文律があるそうで、「25時」の次に書かれた99999(ナインズ)』という短編集の翻訳を出したのだが その売れ行きが芳しくなかったために「卵をめぐる祖父の戦争」を新潮社は見送った。それを、翻訳者はそのままに 早川書房は デザインを一新した 「ポケットミステリー」シリーズの第一作に選ぶという厚遇で迎えたのだ。

           

           そんな裏話がたくさん盛り込まれた 翻訳の田口俊樹と弟さんとの対談もメールに添付して送ってくれた。それがすこぶる面白かったのだが、残念ながら翻訳講座の会員だけのためのサイトのものだからリンクすることができない。

           


          三宅洋平の最終「選挙フェス」の熱 @品川駅港南口広場

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             運動の最終日、この日さいごの「三宅洋平選挙フェス」会場の、品川駅港南口前広場に行った。

             

             開始の5時から30分以上経って品川にぼくが着いたときには、すでに広場は聴衆がいっぱいに詰めかけていた。制限時間である8時まで僕はそこにいたけれど、地上の広場もそれを取り囲む3階ほどの高さのデッキにも、それらを結ぶ階段にも、ひとがどんどん増えると、人と人の間を詰めて 密度を高くして吸収していった。

             前半は地上の広場に、後半はデッキの二列目に立って全体を見た。その間に雨さえ降ったけれど、途中で帰ってゆく人は数えるほどしかない。

             

             品川駅は 繁華街ではない。土曜日の夕方に、ここにやってくる人々は少ない街だ。この人たちは、 わざわざこの出来事をみるために 参加するために 三宅の話を聞きに来たのだ。大部分が、すでにYouTubeの映像を見てきただろう。それが これだけの人数になるということにぼくは胸を打たれた。


            福島のまちから第一原発へのささやかな探検

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               常磐道の南相馬インターチェンジの近くに、緑に被われた丸い小さな島が 緑の海に浮かんでいた。

              これが「福島」なのかもしれない。

               

               ふもと、いや 波打ち際には、お墓があったので ぼくは興味をそそられて脇道にはいり車を停め 降りて見ると、頂には鳥居も立っている。もとは古墳だったのだろう。

               

               水を張った田んぼに映る空は もう稲のすきまにやっと見えるほどにまで苗が育っている。田んぼの脇の水路に滔々と流れるゆたかな水を見ていると、胸の奥がツンとするようだ。

               ひとつには景色の美しさのために、もうひとつは、この田んぼがやがて秋を迎えて米を収穫したとしても 出荷することはできないであろうし、しかも この田んぼを育てる人は それを承知のうえであるという 痛ましさのためだ。

               この季節、本来の田んぼはこういう景色であるはずなのに、福島市からここまでの間に目にしてきた風景には、田園らしさはいうまでもなく ひとの姿も 生活の気配もない。


               福島に行ったのは6.11土曜日、4月の末に亡くなった叔母の四十九日の法要のためだった。新幹線でいけば楽であるのは分かっていたが、2時に床に就いて5時半にセットしたiPhoneの音楽で目を覚まし 車を走らせて来たのは、福島第一原発とその周辺の様子を自分の目で見て感じたいと思ったからだ。

              いままでぼくは、原発の近くに行ったことはない。そもそも福島に行ったことが、これで三度目にすぎない。


              石橋湛山が注目されるとき

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                 石橋湛山について書かれた本が数冊 うちの事務所に置いてあるのを見て、これは読んだ? と 昨年末に刊行された「湛山読本」を 友人が持って来てくれた。
                 もと朝日新聞 主筆の船橋洋一が、社説を主とする湛山が東洋経済新報に書いた記事から70点を選び、それにひとつひとつ時代背景などの解説を加えたものだ。社説は、せいぜい3ページ程度の短い文章だから、通読すると早回しのアニメーションのように時代の流れを実感として感じとることができる。

                 読み終わると、いま石橋湛山が注目されているらしいと思った。数年前まで 湛山についてぼくが知っていたことといえば、首相になってすぐに病に倒れ、潔く辞任した悲運の政治家という枠から出るものではなかったが、じつは、石橋湛山は日本のジャーナリストとしてひとり抜きん出た人であるし、経済学者としても政治家としても稀なほどすぐれた人だと 分かってきた。


                 半藤一利と保坂正康の「そしてメディアは日本を戦争に導いた」は対談形式の本で読みやすい。ここで半藤は、戦争中のマスメディアは 軍部の圧力に屈しただけでなく、戦争を盛り上げれば新聞が売れるから 読者をあおる報道をしたのだと、大手新聞を厳しく批判する。半藤は それと対比するように、戦前戦中も節を曲げなかったとして 尊敬する2人のジャーナリストを挙げている。

                 ひとりは信濃毎日の主筆だった桐生悠々、もうひとりが東洋経済新報の主幹 石橋湛山である。湛山は記者としてだけではなく、東洋経済新報の社長を引き継いでからは経営にもあたりながら筆をとって軍部とわたりあった。

                 1921年のワシントン軍縮会議に際して湛山は、「一切を棄つるの覚悟」と「大日本主義の幻想」という社説を書き、満州蒙古も朝鮮も 戦争で手にいれた外国の領地を返せと主張した。
                 桐生は、1933年の社説「関東防空大演習を嗤ふ」で、ひとたび空襲を受けたら大規模な火災が生じて 灯火管制だの防火演習など何の効果もないから、そこにいたる前に、空襲を受けないようにするべきだと書いた。

                 石橋や桐生が弾圧に屈しなかったことは、軍部のお先棒を担いだ大手メディアのありさまをきわだたせる。おそらくそれが、大手メディアが 石橋や桐生をないがしろにした理由にちがいない。
                 マスメディアというもののありようを、ぼくたちが実感をもってひろく理解できるようになったのは、福島原発の事故が起きる前の原発報道の姿勢を知ってからだ。


                路上の人

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                  路上の人/堀田善衛著/徳間書店スタジオジブリ事業本部発行

                   「路上の人」というタイトルから想像すると、主人公は巡礼する修道僧か乞食かと思って読みはじめたがそうではない。

                   時は13世紀前半 この頃のヨーロッパの内陸の都市は、どこまでもつづく底知れぬ深い海のような暗黒の森に浮かぶ島のようなものとして描かれている。その島と島を結ぶ道路には、敗残兵などが追いはぎになって待ち受ける危険きわまりないところなのだ。

                   主人公ヨナは ただの路上生活者ではない。旅する僧や貴人や ときに騎士たちのもとにあって 水のありかを教えたり 分かれ道の選び方を示し 食料を調達し、時には暴力を排除するためにナイフを身につけてそれをつかうことさえ含む雑用をひきうける、従者という仕事を手に入れることができた。

                   都市や修道院が、視界の閉ざされた森の海に 石の壁で囲われた島のようなものであれば、言語も交流することも稀であるから 多数の言語が散在することになる。ヨナは正式に教育を受けた訳ではないが、従者として移動しているうちに、各地で最低限の言語の集合を身につける。彼が仕える人々は当然の教養として普遍言語であるラテン語を身につけていたから、ヨナはラテン語も使えるようになっている。

                  26頭の犬と1600キロの雪を走る生き方

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                     このひとの生きかたは「人は何のために生きるか」という誰もがかかえる問題をゆさぶる。
                    4月17日(日曜日)19:00-20:50に時間が変更されて、BS1でドキュメンタリー「BS1スペシャッル 犬と私の1600キロ ユーコンクエスト・極北の大地を行く」が再放映された。
                    ぼくは一回目の放映を見逃したので 再放送を待つあいだに、このひとの書いた本を読んだ。

                     いま、本多さんは26頭の自分の犬と毎日の生活をともにしている。冬になると犬たちはそりを曵き、本多さんは彼らをはげまし 体調を気遣い長距離レースに挑む。しかしレースの規定の14頭の犬たちをまとめて走らせるのは、容易なことではない。
                    自分の犬舎をもつようになるまでは、それにもまして困難が続いた。やっと永住権を得て、友人が 貸してあげると言ってくれた土地は林だったから、自分で重機やチェーンソーをあやつって 一本ずつ木を切り倒して「敷地」をつくり、ログハウスのキットを自分で組み立てて住まいをつくり、切り倒した木をつかって1頭ごとにひとつずつの犬小屋をつくった。

                     カナダとアラスカの両国にまたがるユーコン川に沿い、ときに凍った川そのものをコースとするユーコンクエスト(YUKON QUEST)と呼ばれる走行距離1600kmつまり1000マイルのレースを、本多さんは毎年の目標としている。出発点とゴールは、カナダのイエローナイフとアラスカのドーソンシティが、大会ごとに入れ替わる。スタートは3分間隔で出発するが、ゴールの時刻は何時間も あるいは日単位の差ができるから、スタート地点の方がはるかに盛り上がるからなのだ。

                    1600kmという距離が、ぼくには実感できないからGoogleマップでしらべてみると、東京駅から鹿児島駅まで高速道路をつかって1356km・・・それでもまだ244km足りないから、少し遠回りしてみる。東京から富山を経由して鹿児島駅に行くと、やっと1628kmだ。


                    「知日」

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                       ある時代までの何千年ものあいだ、日本の文化文明は、中国で生まれたものはもとより ヨーロッパやインド発祥のものさえ ことごとく中国と朝鮮から入って来た。
                       ヨーロッパの人間が直接に持って来た鉄砲とキリスト教が、人を殺す武器と愛を説く宗教という、人と人のかかわりかたの両極だけが わずかな例外だったのは、きわめて象徴的なことかもしれない。
                      日本は このふたつをブックエンドにして、その間にさまざまな近・現代の蔵書を並べていったわけだ。

                       ふたつ前のエントリーで、BS1のドキュメンタリー番組「わたしたちが日本を好きな理由」について書いたが、そのドキュメンタリーを見て 「知日」という中国の雑誌がどのようにつくられているのか、中国でどのように読まれているのか、それが中国人の日本観をどう変えているかをぼくは知った。
                       しかし、この雑誌をぼくが 初めて知ったのは小野寺光子さんのブログ「ONE DAY」のエントリーで 中国の雑誌「知日」(その1)(その2)を読んだときのことだ。

                       そこには、彼女の一週間の食事と「知日」に掲載された顛末と内容が たくさんの写真とともに詳しく書かれている。日付を見ると2014年、もう2年前のことだ。雑誌社は どうやって彼女のことを知ったのか、小野寺さんが知日の編集者にメールを送ってたずねたところ、以前に 雑誌「ku:nel」に掲載された同じような記事を読んでいたからだという。彼らは雑誌もブログもよく読んでいるのだ。

                       ぼくの先日のエントリーを読んで、小野寺さんが件の「知日」の実物を送ってくださった。「料理の魂」と題する号で、「小野寺家的七日餐」というタイトルで小野田さんのお宅の 春節(旧正月)前の一週間の献立が紹介されている。一冊をまるごと開いて、写真を見ながら 「同文」とはいえなくなった漢字をポツリポツリと拾い読みすると、「知日」の全体像を知ることができた。

                       この号の構成については、小野寺さんがブログで すこぶる丁寧に書いていらっしゃるから、わざわざ繰り返す必要がないほどだから、そこに跳んでONE DAYを読んでください。日本の料理の年表や懐石料理の老舗から小山薫堂や「孤独のグルメ」まで、さまざまな切り口をデザインにも全力投球で日本料理を紹介している。
                      送ってくださった知日を読んでいるうちに、「知日」の登場は 何千年の日中文化交流として画期的なできごとなのではないかという気がしてきた。
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